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有刺鉄線による最初の「壁」の建設を開始した

1961年8月13日午前0時、東ドイツは、東西ベルリン間68の道すべてを閉鎖し、有刺鉄線による最初の「壁」の建設を開始した。朝6時までに東西間の通行はほとんど不可能になり、有刺鉄線による壁は13時までにほぼ建設が完了した。2日後には石造りの壁の建設が開始された。

東ドイツは当時、この壁は西側からの軍事的な攻撃を防ぐためのものであると主張していたが、これは名目で、実際には東ドイツ国民が西ベルリンを経由して西ドイツへ流出するのを防ぐためのものであり、「封鎖」対象は西ベルリンではなく東ドイツ国民をはじめとした東側陣営に住む人々であった。壁は後に数度作り変えられ、1975年に完成した最終期のものはコンクリートでできていた。壁の総延長は155kmに達した。

映像などを通じて広く知られている壁(右の写真)に加え、東ドイツ側にもう一枚同様のコンクリート壁があった。すなわち、西ベルリンは二重の壁で囲まれていたのである。その2枚の壁の間は数十メートルの無人地帯 (death strip) となっており、東ドイツ当局の監視のもと、壁を越えようとするものがいればすぐに分かるようになっていた。

また、無人地帯に番犬を置いたり、コンクリート壁の上部を蒲鉾型に膨らませて乗り越えにくくしたりという工夫もなされていた。なお、一部の無人地帯には電線があったが、これは警報装置への電源・信号線で高圧電流は流れていなかったとされている。壁崩壊後2枚の壁が、沖縄県宮古島市上野(旧上野村)のテーマパーク「うえのドイツ文化村」に寄贈され、この時に地下を含む構造が明らかになった。地下のL字型の下のコンクリートが東ベルリン側が数倍長いのは、地下からの逃亡を防ぐためと思われる。

1963年6月26日、西ベルリンを訪問したアメリカ大統領ジョン・F・ケネディは有名な「'Ich bin ein Berliner' 私はベルリン市民である」の演説を行った。この中で大統領は「すべての自由な人間は、どこに住んでいようと、ベルリンの市民である」と語り、これはドイツの戦後史での名セリフとしてドイツ国民に長く記憶されることになった。
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満65歳になって、東ドイツ政府に移民申請をすれば、無条件で西ドイツに移住できた。これは、当時の東ドイツにおける年金支給開始年齢であり、たとえ移住であれ65歳以上の人口が減れば、年金を払う必要がないため政府の支出がそれだけ減るという実に都合のいい理由が背景にあった。

それ以外に、東ドイツ政府に移民申請をして、許可が下りれば、他国への合法的移住が可能である。しかし言うまでもなく、許可は滅多におりず、65歳まで待つことが出来ないため、非合法の亡命という手段をとったものが圧倒的に多い。

壁が壊されるまでの間、東ベルリンから壁を越えて西ベルリンに行こうとした住民は、東ドイツ国境警備隊により狙撃された。死亡者数は合計192名。ただし、さまざまな方法で壁の通過に成功、生きて西ベルリンに到達した東ドイツ国民は5000人を超える。

東ドイツは逃亡者をなるべく殺害せずに逮捕するようにしていたため、3000人を越える逮捕者に比べると死亡者の数は少ない。可能な限りの身柄確保を図ったのは、逃亡の背後関係を調べるためであったと考えられている。

西ドイツは東ドイツ国民も本来は自国民であるとの考えから政治犯を「買い取って」いたため、東ドイツ国民であれば「壁を越える」という方法を採らなくても、「西ドイツに行きたがる政治犯」として東ドイツ当局に逮捕されれば、犯罪歴等がない限り西ドイツに亡命できる可能性はあった。

例えば、検問所に行き「西に行きたい」と言って当局職員の説得を受け入れず逮捕されるとか、西行きの列車にパスポートなしで乗り込み、国境でのパスポート検査で逮捕されるといった方法である。

他にも、共産圏への複数回の旅行(許可制)を繰り返して政府を信頼させ、西側への旅行許可を得て亡命したものもいるが、富裕層以外には不可能な方法である。また、特に若い女性であれば、外国人との結婚により容易に国外への移住が可能であった。

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2009年06月17日 07:33に投稿されたエントリーのページです。

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